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片山化学工業研究所の水処理技術

安全な暮らしと産業の発展を支え続ける片山化学工業研究所の水処理技術の歩み

全ての生命の源である水。
私たち片山化学工業研究所では、創業以来この「水」をテーマに事業を展開してきました。
経済・産業の発展に寄与する水の追求は、やがて高度経済成長と引き換えに、公害そして環境などの問題に直面しました。
早くからこの問題に着眼し、産業の発展と環境保全の調和を目指してきた私たちは、「水の化学」を探求することで、
さらに大きなテーマに行き着いたともいえます。当社の理念は「脚下照顧」、
つまり、足もとを照らして自らを顧みよという教えです。
いま自らを顧みて、環境保全という難題に取り組まれているあらゆる産業のお役に立つことこそ、
今世紀の私たちのテーマであると考えています。
経済・産業の発展は、地球上の限られた資源である「水」をはじめとする
「大気」「土壌」「地下資源」「地球上生物」の未来と密接にかかわっており、
さらに資源・エネルギーの消費は、地球環境に及ぼす影響を左右します。
片山化学工業研究所は、その頭脳と技術で「産業の発展」と「環境保全」の調和に
寄与することを企業コンセプトとしています。

episode01:創業、戦後/ボイラの水質検査から、独自の清缶剤開発へ

創業者の片山栄は、京都薬学専門学校を卒業後に就職した、内務省衛生試験所での業務において、ボイラの水質検査の仕事と出会います。本人にとっても、「それが本職となるとは夢にも思わなかった」と手記『思い出の記』に書いています。自分の工場でもっと開発をしようと創業した昭和6年当初は、清缶剤、ボイラペイントが主力商品でした。ボイラの熱効率と耐久性を高めるこれらの商品は、重工業を中心に発展を遂げようとしていた日本の産業に大きく寄与しました。
日本が戦争に突入し、空襲によって工場も原料も焼け、ゼロからの再出発となった戦後。世の中の復興が軌道に乗りはじめた1950年(昭和25年)頃からは、戦前の得意先が徐々に復活します。さらに大手製薬会社、製鉄業、繊維業などに販路を拡大しながら、新たな研究にも励み、石炭助燃剤、石油添加剤も開発されました。1956年(昭和31年)には、株式会社片山化学工業研究所が誕生しました。

本社事務所と工場(昭和32年頃)本社事務所と工場(昭和32年頃)

本社構内の状況(昭和40年頃)本社構内の状況(昭和40年頃)

episode02:高度経済成長時代/ボイラ給水の変化に対応

「もはや戦後ではない」のキャッチフレーズで幕を開けた、日本の高度経済成長期。
石炭から石油への「エネルギー革命」とともに、ボイラに陽イオン交換樹脂が導入されるようになります。これによってボイラ給水が河川水や地下水、水道水などの原水から軟水や純水に変わり、一つのボイラ当たりの清缶剤の使用量は10分の1に激減。しかし、生産力増強のためボイラが大型化し増設されていったため、結果的に清缶剤の需要は増加していきました。
この時期から、清缶剤を微量硬度を抑制する薬品に変える必要性が高まってきました。当初製造していた清缶剤「ミラクル」を形成する薬剤は第三リン酸ソーダ、炭酸ソーダ、タンニン酸が基本でしたが、スケール化防止に重合リン酸塩を使うことに。また冷却水系の処理剤として、防食剤「ミラクルHP」、分散剤「ミラクルDP」を開発。これは創立以来、当社が研究開発のコアとしてきた水質分析の技術を活かし、水質を知り尽くした“水のドクター”としてさまざまなデータを集積してきたことから生まれた製品だったと言えます。
また、1963年(昭和38年)3月には、ボイラのクリンカー防止剤(炉内の溶融ゴミの付着防止)「ミラクルサン」が特許出願していた「汽罐のクリンカー防止剤」の特許権を取得。これが当社の記念すべき特許第1号となります。続いて重油添加剤(燃焼促進型・分散型)も特許権を取得します。

本社工場(昭和43年に建設した本社工場の外観)本社工場(昭和43年に建設した本社工場の外観)

鳴門臨海実験所(昭和45年の開設時)鳴門臨海実験所(昭和45年の開設時)

episode03:東京オリンピック以降/公害問題に対応し、微生物研究がスタート

東京オリンピックが開かれた翌年、日本の経済は「40年不況」へ。
この頃は全国各地で深刻な公害問題が起こりました。1967年(昭和42年)公害対策基本法の交付によって対策が進む中、時代の要請にいち早く対応し、有機水銀や有機錫を使わない冷却水用および製紙用スライムコントロール剤(用水中の微生物が作る粘性物質を除去)が安全性の面で認められ、全製紙メーカーのスラコン剤市場のシェア40%を占めるまでになりました。

続いて、危険な塩素素材に変わる唯一の海水冷却水系付着生物防止剤「シェルノン」、さらに排水中の懸濁物質や有害物質除去対応の「フロクラン」が商品化されます。
これらの画期的な開発は、東京理科大学薬学部教授(当時)の故鈴木静夫氏との出会いがターニングポイントでした。鈴木氏に工業用水と廃水、微生物に関することを学び、この時より当社の微生物研究がスタートしたことで、環境に優しいスライムコントロール剤や海生生物処理剤の開発、そしてその後のさまざまな環境保全、水質保全製品につながっていったのです。
公害問題の深刻化に呼応して、行政では環境庁の発足で法的規制が強化拡充されました。環境計量士、環境計量証明事業の登録制度が発足したことで、当社社員も資格を取得し、現在の大阪と鹿嶋で分析センターとして業務活動を始めました。

「シェルノン」カタログ(昭和43年頃)「シェルノン」カタログ
(昭和43年頃)

episode04:環境意識の高まりとともに/特許となる環境関連製品を次々に開発

1974年(昭和49年)、戦後初のGNPマイナス成長の中、工業製品防腐防カビ剤「モルノン」と、法規制に対応して改良した工業用水処理剤が売上げを伸ばしました。1975年(昭和50年)、当社は業界に先駆けて非クロム化を達成したことと、高炉炉底の化学洗浄によって、その業績を顕彰されたという大きな出来事もありました。
1976年(昭和51年)、特許専門部署を設置。以後、特許の出願件数・取得件数が増加し、品質をより高めていきました。
1978年(昭和53年)には紙・パルプ用薬剤「ミラクルピチコン」などの商品開発を進めつつ、販路を世界へと広げていきます。
1981年(昭和56年)、リン酸成分を含有せず、脱酸素処理装置も必要としない画期的なボイラ水処理剤「ミラクルシャン」を開発。非公害型からさらに人体にもより安全性の高い製品開発に着手しました。
円高時代へと突入した1985年(昭和60年)。「シェルノンV-10」の無公害性に着目した全漁連より製品開発の依頼を受け、1990年(平成2年)には養殖魚の寄生虫駆除剤「マリンサワー」を開発。70年代から危険性を指摘されていたホルマリンに替わる画期的な水産動物用医薬品として、2003年(平成15年)の薬事法改正より業界に旋風を巻き起こすこととなります。
1990年(平成2年)、水処理の監視・管理システムNOMOシリーズの開発に着手。化学製品開発に留まらない水処理の新技術開発を通じて、新たな価値創造へと向かいます。

三国工場三国工場

「ミラクルシャン」’87省エネルギー優秀製品賞受賞「ミラクルシャン」’87省エネルギー優秀製品賞受賞

episode05:事業分野の拡大/企業価値の向上を目指して ?片山ナルコの誕生?

環境関連事業が片山化学の新たなコア事業へと育ちつつある中、これまでの中核事業である水処理・紙パルプ分野の更なる展開・発展に向けて取り組み始めました。さまざまな可能性を模索した末、決意したのが業務提携という道です。その相手は、世界トップレベルの技術力を持つ水処理企業・ナルコ社。ナルコ社の技術開発力やグローバル調達・販売ネットワークと、片山化学の水処理・紙パルプ分野を主体とした国内基盤での強みとを組み合わせることによって、新たな市場を開拓し、企業価値の向上を実現できると確信したのです。こうして2004年(平成16年)に、片山ナルコ株式会社が誕生しました。片山ナルコでは水処理及び紙パルプ関連の薬品や装置を販売し、技術サービスを提供することとなりました。片山化学にとっては水処理・紙パルプ関連の販売・サービス部門の独立ということになります。結果、営業分野は人的交流を通じて製品知識を広げ、技術者はより高い専門技術を身につけることに成功し、専門性の強化に繋がりました。この「新たなる創業」で、「新しい時代に新しい価値を提供する」というビジョンの実現に向けた取り組みを加速させていきます。

ナルコ社(ネイバビル)ナルコ社(ネイバビル)

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